Astray Children PROLOGUE


 

「よし、行くか」
  暗闇に染まった寮の一室で黒桐龍は壁際に設置されている二段ベットの上段から起き上がり身を乗り出した。
「俺はパス……眠い」
  龍の下のベットで神無刹那は布団から出ようともせずに身を丸めた。
「刹那〜〜行こうぜ? 今夜は結構大物だし、お前も居たほうが助かるんだからさあ……」
  ベットから降りて反対側に設置されている二段ベットの下段のベットのカーテンを開けた。
「灯夜、起きろ!!」
  豪快なチョップがベットで眠っている上条灯夜に振り下ろされる。
「人が寝てるのにチョップで起こすとはいい度胸だな」
  振り下ろされた手を灯夜は受け止め、体を起こした。
「……どうでもいいけど、寝かせろ……まじめに眠い」
  騒いでる二人を刹那は文句を言いつつ布団を深くかぶった。
「だから寝るな!! 起きろ、行くぞ!!」
  刹那の布団を無理矢理引っぺがし、龍は眉間にチョップを入れた。
「……ったく、行けばいいんだろ、行けば」
  流石に観念したのか、刹那は体を起こし、背伸びした。
「ところで……皆人はどこに行った?」
  刹那はベットから出て、もぬけの空となっている上段ベットの主の姿を探した。
「ああ、皆人は結構前から抜け出してる。大方何かよからぬことを企ててるんだろ?」
  それを聞いてあきれることもなく、刹那は上着に袖を通した。
「……で? 今夜は何しに行くんだ?」
「まあ、学校の外の森の中で材料集め、なんか、暴れてるのがいるっぽいからそれ相手」
  平然と答える龍の姿を見て、刹那はため息をついた。
「さっさと済ませて眠らせてもらおう」
  そう言って部屋の隅に立てかけておいた長さ百五十センチほどの棒を握り締めた。
  自分自身と十五センチぐらいしか変わらない長い棒……正確に言えば『杖』を軽く二、三回振って手ごたえを確かめた。
「準備オーケィ、さっさと行くぞ」
  刹那たちはゆっくりと、そして静かに寮の自分達の部屋を抜け出した。
  非常灯ぐらいしかついていない長い廊下を怪盗もびっくりの速度で無音走行をかまし、寮の玄関を潜り抜けた。
  ひとまず、誰にも見つかっていないし、誰にも感づかれていない。
「さてと……こっから先だな」
  寮の外に広がる広いコンクリートのエリアを凝視しながら、三人は身長に進んでいく。
  何も無い広々とした空間をこっそりとところどころ立ち止まって進む三人の若者の姿をもしも一般人が見たら、泥棒とでも勘違いするだろう。
  しかし、三人の行動には意味がある。
  真夜中に学校を抜け出すという行為のためには、このエリアを慎重に移動しなければならない。
  
  なぜなら、このエリアには『結界』が張られているからだ。

 魔法という言葉が世間一般的に知れ渡るようになって三十年たった。
  最初の頃は空想だの精神異常だのといわれていたが、社会の中に完全とは行かないものの少しずつ、少しずつだが解けこみ始めていった。
  魔法を使うことが出来るものを魔法使いと呼ぶが、魔法使いになるには実は才能なんて必要ない。
  少しでも、ほんの少しでも魔力を持っていれば後は発動のために必要な呪文や陣を用意してしまえば誰にだって使うことが出来る。
  三十年と言う時の中で、元々魔法を知っていたもの達以外にも魔法が弱いといえど使うことが出来るようになった者たちが……特に子供たちの中で増え始め、世界中で魔法に対して定めた法律すら作るのに時間はかからなかった。
  これまで迫害されたり、日の当たらない世界でしか生きていけなかった者たちが表舞台へとのぼり、科学と魔法の両立によって様々な進歩も遂げられた。
 
  無論、それはよいことばかりではない。
  魔法を使った犯罪などが増え、法が制定された今でもその犯罪は増加の一途をたどっている。
  そのためなのか、銀行や学校など公共施設の八割に魔力を感知する結界が張られ、その結界に入るもしくは出る行為をすると警報機が反応するようになっている。
  無論、この学校には確実、かつ絶対的に高性能な結界が張られており、ほんのわずかな魔力の入出すら感知するようになっている。
  オマケにこの結界は時と場合によって感知範囲が変動するため、どこが結界の境界線なのかが分かりにくくなっている。

「刹那……どうだ?」
  外まであと百メートルほどの場所で龍は刹那のほうを振り返った。
「お前の位置から約十メートル、灯夜、慎重に進め」
  一番後ろから刹那は指示を出しながら自身もゆっくりと進んでいく。
「安心しろ、とっくに結界突破準備はしてある。後はタイミングの問題だ」
「そうか、ちなみに今ちょうどお前のほうに向って移動してるから、カウントダウン入るぞ、五……四……三……二……一……今だ」
  灯夜と結界の境界線が交わった瞬間、灯夜はすばやく前へと一歩踏み出した。
「さてと、さっさと行くぞ」
  そう言って刹那は何事もないように学校の敷地の外へと踏み出した。 

「……で、『対象物』は一体どこに居るんだ?」
  寮から少し歩いた山道で三人は周囲を見回しながら歩き続けた。
「このあたりに居るはずなんだがな……ほら、あれを見ろよ」
  龍が指さした先には折れた木の残骸が残っていた。
  まるで何か巨大なものが力任せになぎ倒したかの様に折れた木の先は、踏み潰され、完全に粉々になっていた。 
「おいおい……こりゃぁ、二メートルオーバーじゃねぇか」
  『対象物』の大きさに刹那は若干だが驚きを隠さなかった。
「大丈夫だって、そのために三人で来たんだからな」
  月明かりに照らされた龍の手には無骨な銃が握られていた。
  銃といっても、一般的に拳銃と呼ばれる物のサイズと比べて一回りほど大きい。
  その銃を構え、周囲を警戒する。
「刹那……どうだ?」
  灯夜も拳を握り締め、周囲に気を配る。
  刹那は眼を見開き、周囲を順番にぐるっと見渡し始めた。
「……ん?」
  何かに気がついたのか、刹那は一旦動きを止め、一つの方向をじっと凝視した。
  実際、暗闇の中、月明かり以外に光源となるものが存在していない今、一メートル先も見えるかどうか怪しいというのに、刹那にはそこに何かが居るのが『見えた』、見えたといっても視覚的な意味ではなく。感覚的な意味なのだが、
「やっと気がつきやがったか、お前ら」
  刹那の見つめる方向から声が聞こえ、そこから一人の少年、蕪坂皆人が闇の中から姿を現した。
「皆人、どこに行ってたんだ?」
「ああ、ちょっとな野暮用さ、それよりお前ら、探しているものだったら向こう側だぞ?」
  携帯電話ほどのサイズの機械のモニターを見ながら皆人はちょうど刹那たちの背後を指さした。
「そっか、四人揃ったところで、ちゃっちゃと終わらせようぜ? 俺は眠くてたまらんし」
  そう言って刹那は先ほど皆人が指さした方向へと歩き出した。
「おい、ちょっと待て、こちらから行かなくても向こうからやってきたぞ」
  皆人の言葉と同時に四人はすぐさま四方に散った。
  先ほどまで四人が居た場所に折れた木が突き刺さり、獣の咆哮が響き渡る。
「と、言うわけだ、やるぞ!!」
  互いの位置こそ正確には見えないものの、四人は刹那の声を皮切りにおのおの、『対象物』目指して走り出す。
(やっぱり、二メートル超えてるじゃねぇか)
  刹那は舌打ちをしつつ、目の前に居る『対象物』……巨大な熊のような魔獣に手に持った杖を振り下ろした。
  杖自体が振り下ろした勢いでしなり、その勢いで威力を跳ね上げさせ、魔獣の頭部を強打する。
「下がれ!!」
  後ろから聞こえる灯夜の声と共に刹那は左へと跳んだ。
「さっさと往生しろ!!」
  魔獣の懐へと飛び込み、灯夜は右の拳をしたからすくい上げる様に魔獣の腹部にめり込ませた。
  ゴフッと魔獣の口から息が漏れ、その巨体が数センチ中に浮いた。
  地にひれ伏すまでの数秒の時間、まったく身動きが取れない魔獣の両手両足に向って無数の銃弾が上空から叩き込まれる。
「こいつはオマケだ、受け取れ!!」
  月を背に上から落下している龍が先ほどと同じように銃を構え、引き金を引いた。
  今度は発砲音はなく、銃口からは銃弾ではなく光の弾が放たれ、魔獣の手足を貫き、地面に磔にした。
「ふう、一段落したな」
  きれいに着地し、銃をホルスターにしまってから龍は一息ついた。
「まったく、サイズがでかすぎるんだよ、サイズが」
「それを腕一本で宙に浮かせるお前が言うことじゃねぇだろ」
  刹那と灯夜が気の抜けた話をしていると、魔獣の口が開き、口の中でなにやら魔法陣が展開されていた。
「おっと、気を抜くのが早いぞ」
  それに気がついたのか、皆人は三人の前へ立ち、指で自分の前方に魔法陣を書き記した。
  咆哮と共に口から火炎の弾が放たれ、それが四人目がけて突き進んでいく。
「獣程度の魔法陣って結構単純なんだよな」
  皆人が記した魔法陣へと火炎の弾は命中し……霧散した。
「とどめの一撃、さっさと決めろ、刹那」
  皆人の言葉が放たれるよりも先に、刹那は両手で握った杖を魔獣の頭部にめり込ませ、そのまま振り上げ――
「俺の睡眠時間の確保のためだ、悪く思うな!!」
  振り下ろした。
 
  真夜中の山中の森に轟音が響き渡った。
 


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