夢と現の境目を越えるか越えないかの瀬戸際の意識の中、刹那は眼を開けた。
「……寝不足だ」
結局、昨夜はあの後、すぐにはベットに戻ることは出来ず、朝日が昇りかけるまで山の中で激戦を繰り広げることになった。
「まさか、魔獣が何匹もいたなんてな……」
仲間がやられたことで怒り狂った魔獣たちに囲まれ、そして全員駆除しきった後、結界を越えてベットに倒れこむようにして眠って約2時間。
「寝不足だ……」
体を起こし、ベットから降りてカーテンを開けた。
薄暗い部屋に光が差込み、一瞬目を細め、手で目を覆うが、すぐに目が順応した。
五月の初めのさわやかで暖かな朝日の光を全身で浴びて、ようやく刹那の頭は完全に目を覚ました。
「お、おはよう」
振り返ってみると、自分のベットから身を乗り出して灯夜が柔軟体操をしていた。
「おはよう……龍は?」
「まだ寝てる、というか、今寝たに近いんじゃねぇか?」
自分のベットの上段にある龍のベットからは規則正しい寝息が聞こえる。
「そっか」
淡白に、そして何事もないかのように壁に立てかけてある自らの杖を握り締め、龍のベットへと歩み寄り、カーテン越しに姿は見えない龍へと全力で突きさした。
「ぎゅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
聞きたくはない絶叫がカーテン越しに聞こえ、刹那は杖を引き抜いた。
「人を寝不足にさせておいて、自分はグーグー眠るとはいい度胸だな」
再び杖を水平に構え、カーテン越しにに突き刺す。
「ちょっと待て!! やめろ!! 魔獣すら打ちのめす一撃を俺に向けるな!!」
カーテン越しに批難の声が聞こえるが、全力で無視して突き続ける。
「いい加減しろ!!」
数えて十発目にしてようやく引き戻そうとした杖が動かなくなった。
「てめぇ、モーニングコールにしてはいささかやりすぎじゃねぇのか?」
カーテンを開き、杖の先端を握り締めたまま龍はベットから飛び降りた。
「それはどうでもいいから、手を離せ」
杖を手放し、龍は深呼吸を数回してから、目を擦り、全身の関節をほぐした。
「おはよう、最悪な朝だな」
「最悪な原因を作り上げたのはお前だろ」
刹那は杖を壁際に戻し、この部屋の残りの住人の姿を探した。
「皆人は?」
「あの後、そのままどっかに消えた」
龍は自分の勉強机(作業机)につき、冷蔵庫からコーヒー牛乳を取り出して一口飲む。
「まあ、朝飯には戻ってくるだろ」
三人は寝巻き姿のままで朝食をとるために部屋を出た。
Kunitachi Fantasy and Reality High School――通称、KFR。
日本という国に初めて設立された魔法を専門的に学ぶために作られた国立高校。
魔法というものの性質上、危険をはらむため、都会から少し離れた山の中腹にその敷地は広がっており、教員、生徒は全員寮で生活している。
その敷地は山を三つ分は越えており、ふもとに広がるショッピングモールすらも学校の所有物の中に納まっているくらいで、生徒達は敷地内で快適に過ごせるようになっている。
そんなため、食堂ひとつとってみても生徒と教員がほぼ全員が入れるように作られているため、広いが中は大混雑だ。
「……食えそうもないな」
生徒数約五千人以上、小さな村よりも生徒の数だけで上回っているのだ、厨房内で処理しきれる量ではない。
「刹那、ここでひとつ提案をしてもいいか?」
行列に並ぼうとしている刹那の肩を掴み、微笑みを浮かべる。
「ん?」
「外行こうぜ? どうせホームルームには間に合いそうもないしな」
時計を見ると六時四十分。
ずらりと券売機と受け取り口で並んでいる生徒たちを見ていると確かに龍の言うとおりホームルームまでに間に合うようには見えない。
「そうだな……それじゃあ、何食べる?」
行列を背にし、食堂を出ようとすると、刹那は何かを思い出すかのように足を止めた。
「……あ、吹雪起こしにいかねぇと」
その言葉を聞いて、龍は再び行列のほうを見た。
「まあ、居ないところをみるとまだ寝てるんだな……玲も居ないし、たぶんまだ部屋に居るんだな」
「なら、起こしにいってみんなでメシを食えばいいな……姉貴も一緒か」
それぞれの兄弟姉妹のことを思い浮かべ、三人は自室に戻り、寝巻きを脱いだ。
「そういえば、洗濯しないとな……って、今回の担当は皆人じゃねぇか、あいつ今日は居るのか?」
パンツ一丁で格闘技のポーズをとりながら灯夜がぼやく。
「まあ、居なかったら居なかったで真夜中にでも、何を使ってでも仕事をこなさせればいいだろ? 洗濯機さえ通せば後は火炎系の魔法ででも乾かせばいいし」
すでに制服に身を包み、両腰にホルスターやポーチなど身につけた状態で机の上のものを順番にカバンの中にしまっていく。
「制服焦がされたらしゃれにならんぞ……」
過去に部屋を暖めようとして小火を起こしかけたこともあり、灯夜は苦笑いをしている。
「まあトリアエズ、真奈にも連絡を入れて、玲を起こしてもらっておくか」
刹那は携帯電話を右手に持ちながらカバンを背負う。
数回のコール音の後、電話からは眠そうな声が聞こえてくる。
「ん〜〜? 刹那? なに? こんな朝から電話してさぁ……」
完全に眠っていたような声だが、刹那はお構い無しと無視する。
「これから朝飯を外に食いに行くけど、お前も来るだろ?」
「行く……」
「だったら玲もいたら起こしてつれてきてくれねぇか? たぶんまだ寝てるっポイから」
「ん……分かった。二十分待って、準備するし」
「分かった、俺も吹雪を起こしに行くし、二十分後にソッチの寮の前でな」
「わかった」
電話が切れ、刹那はポケットに携帯をしまいながら肩をすくめる。
「予想通り寝てたな」
「姉貴は朝が弱いからな、それより、吹雪の奴を起こしに行くんだろ? 二十分じゃあ、ちょっと急ぐぞ」
「よし、準備完了だ。行こうぜ」
壁に立てかけておいた杖を握り締め、龍達の後を追った。
この学園の寮は男子寮と女子寮に分かれており、無論、基本的には女子寮には男子は立ち入り禁止となっている。
「……で、何故に待ち合わせ時間になっても来ない!!」
女子寮の前で待ちくたびれる三人。
「龍兄、騒いでも仕方ないでしょ、どうせ二度寝でも決め込まれてるんだろうし」
そんな三人の様子をみて、刹那の弟、吹雪はため息を吐く。
その隣では、刹那がため息を吐く。
「さて、というわけで、どうする?」
刹那の頭の中にある選択肢は全部で三つ。
ひとつは、このまま待ち続ける。
この選択肢はいつくるか分からないものを待ち続けることとなる。正直言って、腹も減っていることもある上にホームルームに間に合う時間までに起きる保証もない。
よってこの選択肢を刹那は却下した。
ひとつは、このまま四人だけで朝飯を食べに行く。
この選択肢は時間的にも、一番よいともいえる選択肢なのだが……刹那の経験上、選ぶと後々が面倒なことになることは明白。
よってこの選択肢も刹那は却下した。
最後の手段は……刹那の中ではもっとも面倒である。
「刹那……行くしかないんじゃないのか?」
片手で頭を抱えている刹那に灯夜は尋ねる。
「行くってな……面倒だろ」
女子寮は基本的に、そう、基本的には男子は立ち入り禁止なのだが……実際、結構出入りしている男子生徒は結構居る。
「それじゃあ、刹那、ヨロシク!!」
「頼んだよ、セツ兄!!」
龍と吹雪がにこやかに刹那を女子寮の中へと促す。
「お前らな……ついて来いよ」
「いや〜〜俺達が行くと何かと面倒になるからな、ここは一番穏便に済まされる刹那が行くのがベストだろ」
「そうそう、朝から攻撃魔法が直撃なんてたまらないからね、頼むよ〜〜セツ兄」
ぽろりと本音が出ていることに気がついていない吹雪の頭を軽く杖で小突いてから刹那は女子寮の中へと入ろうとした。
刹那の両脇を高速で何か熱いものと冷たいものがかすめて外へと放たれる。
「誰が朝から攻撃魔法をぶっ放すっていうの!!」
刹那の目の前で外に居る三人を仁王立ちでにらみつけ、左右の手でそれぞれ炎と氷を出しながら上条真奈は茶色の長髪をなびかせながら言い放つ。
「姉貴、とっくに撃ってるだろ……」
片手で顔を覆いながら灯夜はあきれ果てる。
「そんなこといわれてもね、朝から失礼なことを言われたら誰だってムカつくでしょ?」
「だからってな、いきなり撃つことはねぇだろ!!」
「女の子に失礼なことを言う馬鹿にはお仕置きしてるだけでしょ、基本的に朝からぶっ放す馬鹿がどこに居るの!!」
「前に俺達が部屋まで起こしに言ったら寝ぼけて不機嫌だったのか知らねぇけど散々攻撃魔法ぶっ放してきたのはどこのどいつだ!! 馬鹿姉貴!!」
「うるさいわね、女の子の部屋に忍び込んできてあたし達の下着姿をみたんだからそれくらいで済んでよかったじゃない。殺されても文句は言えないわよ!!」
真奈と灯夜の言い争いが始まり、女子寮の周辺が騒がしくなってきた。
「自分で起こしに来いなんて言っておいてよく言えるな!!」
灯夜の両手に光が灯る。
「あ〜〜もう、何であんたは毎回毎回突っかかってくるのよ!!」
真奈の両手にあった氷と炎が巨大化する。
「そこの馬鹿双子!! いい加減にしろ、周りを見ろ。周りを」
先ほどから真奈と灯夜の間に挟まれていた刹那が声を上げる。
周囲には人垣ができ、見ている女子生徒たちは今後の展開を期待しているような目で見ている。
「見ろよ、吹雪なんてビビッて怯えてるぞ!!」
先ほど放たれた氷を蹴り飛ばし、炎と相殺して足をさすっている龍の後ろで恐怖の対象を見るかのようにおびえている吹雪に真奈はにこやかに笑いかける。
「吹雪。おはよう〜〜」
「お、おはよう真奈姉」
両手に巨大な氷柱と火柱を従えている少女に挨拶をされ、吹雪は恐る恐る挨拶をする。
「どうでもいいけど、玲はどうした?」
状況に流されないために刹那は仕切りなおしのように真奈に尋ねる。
「ん? ああ、玲ちゃんならもうそろそろ来るわよ、あの子はほら、準備に時間がかかるからね」
玄関から外へ出て、真奈は太陽の光を浴びる。
「ん〜〜やっぱり、朝はこうじゃないとね」
「灯夜、何も言うなよ」
何か言いたそうにしている灯夜に龍が釘をさす。
「ああ、分かったよ」
多少イラついているが冷静になりながら灯夜はため息を吐く。
「急がないと……急がないと……」
刹那の背後から澄んだ声が聞こえ、振り返ると、一人の少女が走ってくる
「お、やっとお姫様が来たか」
「刹那お兄ちゃん……おはようございます」
刹那の目の前で急停止し、龍の妹である黒桐玲は丁寧に挨拶をする。
「おはよう、遅かったな」
「ごめんなさい……ちょっと準備してて」
刹那は玲の背中に背負うバックを見る。
「大変だな……毎朝毎朝」
バックの中にはイロイロな教科書や道具が入っている。
本来なら教科書の類は殆ど学校のロッカーや机の中に入れておくのだが、玲はまじめのか毎日必要な分だけ持ち帰り、部屋ででも勉強をしっかりしている。
「まあ、いいじゃねぇか、これで全員揃ったんだし、さっさとメシを食いに行こうぜ?」
「うん……おはよう、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう。玲」
龍のそばまで歩み寄り、笑顔で挨拶する玲に龍も笑顔で答える。
「ところで……皆人さんは?」
「あの馬鹿なとっくに消えてるさ、まあ……適当なタイミングで現れるさ」
「そうそう、こう言うタイミングでな」
いつの間にか刹那の後ろに立っていた皆人に刹那は驚きもせず、歩き出す。
「急ぐか、時間も結構ギリギリだしな」
「って、ふつ〜〜にスルーするのかよ!!」