2月の終わりの寒い夜。空には厚い雲が覆い、雪がしんしんと降っていた。そんな中を
一人の少年が薄手のコートを着て黒い傘を差し街を歩いている。
ふと少年が止まる。止まった先には一人の少女が立っていた。少女は雪が降る中コート
を着ずに、ただ空を見上げて立っていた。少年は少女にゆっくりと近づいていく。
「こんばんわ、吸血鬼さん」
少年は少女に近づいた後、軽い気持ちで声をかけた。2ヶ月前に初めて出会った時と同じ
ように。
声をかけられた少女は空から視線を離し声をかけた少年を見た。
「こんばんわ。あなたも吸血鬼さんですか?」
少女は微笑みながらあいさつを返した。その声はとても優しく響いた。そう、二人が初め
て出会った時と同じように……。
/出会い
12月の中旬のとある夜。空には暑い雲が覆い、朝から雪がしんしんと降っていた。そん
な中、
赤薪
練火
は薄手のコートを着て黒い傘を差し街を歩いていた。すると前から少女が
現れた。その少女はコートも着ずに何をするでもなくただ空は見上げて降ってくる雪を眺
めていた。練火はそんな少女に興味を引かれたのかゆっくりと近づいていった。
「こんばんわ、吸血鬼さん」
練火は軽い気持ちであいさつをした。なぜか少女のことを「お嬢さん」ではなく「吸血鬼
さん」と呼びながら。すると少女は空を見上げていた瞳をゆっくりと練火に向けた。その
瞳は何もかも包み込むような優しさを秘めていた。
「こんばんわ。あなたも吸血鬼さんですか?」
少女は吸血鬼と呼ばれたことを咎めるでもなく、ただ微笑みながらあいさつを返した。
その声は優しく二人の間に響いた。
「そうだよ」
練火はそう答えると少女の反応待った。すると少女は困った顔になり練火に問いかけてきた。
「私たち戦わなければならないのかしら?」
「その必要はないと思うよ。俺は向かってこなきゃ何もしないから」
答えを聞いた少女は安堵したように息をつくと顔にはまた微笑みが戻っていた。
「あなたはこの街の人?」
「ん、そうだよ。キミは?」
「私は今日ここに来たの」
二人はそのまま取り留めのない世間話をしてから別れた。
翌日、練火はいつもどおりに学校に登校した。練火の通う学校は制服の指定はあるもの
の私服で登校することが許されているため大抵の生徒は私服で登校している。ただし学校
行事があるときは制服を着なければならないが。練火もいつも通り私服で登校し教室に向
かった。
「おー赤薪」
練火が教室に入ると男子生徒の一人が練火を呼んだ。呼ばれた練火はまず自分の席によ
り鞄を置き、呼んだ相手を見た。
「陽司、なんか用か?」
練火は自分を呼んだ相手、
中野
陽司
に返事を返した。
「いや、全然。ただ呼んだだけだ」
「前にも言わなかったか?用もないのにただ名前を呼ぶのやめろって」
「そうだっけ?」
練火は陽司をジト目で睨んだが、当の本人は悪意の欠片もなくとぼけて見せた。
「もういい……」
「それより、このクラスに転入生が来るらしいぞ」
陽司は相手が諦めたのを確認してから話題を変えた。
「転入生?」
陽司はああと頷いて返した。
「なんでも……」
陽司が続きを言おうとしたとき予鈴が鳴ってしまい練火は席に戻ることにした。
予鈴が鳴ると担任が教室に入ってきた。その後ろに見慣れぬ女子生徒が付いてくる。
「あれ?」
練火はその女子生徒に見覚えがあった。その女子生徒は昨夜(今日といっても差し支え
ない)に会った少女だった。
「噂を聞いているものもいるだろうがこのクラスに転入生が入ることとなった。名前は
小波
舞
だ。仲良くするように」
担任が転入生、小波舞を紹介した。
「小波舞です。これからよろしくお願いします」
担任に紹介された舞はお辞儀をしてあいさつをした
「それじゃ小波は赤薪の隣の席に座るように。以上」
担任はそういうとホームルームを終了し、教室を出て行った。
「小波さんって昨日あいましたよね?」
「はい」
練火は隣に座った舞に話しかけた。
「まさか同じ学校だなんて思いませんでしたね」
「まったくだよ」
「あれ?赤薪知り合いなのか?」
練火と舞が話していると陽司が会話に参加してきたのだ。
「いや、知り合いって言うほどじゃないよ。昨日偶然話したことがあるだけだよ」
練火は陽司に舞と会ったときのことを掻い摘んで話した。 すると陽司は興味が失せたの
か、なんだ、といって会話から外れていった。
「そういえばまだ名前を教えてなかったね。俺は赤薪練火。練火って呼んでくれれば良い
よ。んでもって、さっき会話に入ってきたのは中野陽司」
練火は自分の自己紹介のついでに友人の陽司のことも一緒に紹介した。
「それじゃ、私のことも舞って呼んでください」
すると舞も名前で呼ぶように練火にいってきたのである。練火はそれに頷くことで答えた。
「それじゃ、改めてこれからよろしくな舞」
「はい、よろしくお願いします。練火君」
二人はそういうと笑いあった。
それはまだ小さな邂逅。だが、それはやがて大きな波となって二人の前に現れるだろう。
だが、それはまだ先の話。
/過去
12月の下旬に入る少し前、舞が転入してきてから5日が過ぎ、舞もクラスに慣れた頃。
「ねぇ、練火君っていつ死徒になったの?」
下校途中に舞が練火に尋ねてきた。
「いいけど、どうして?」
「別になんとなく」
練火は不思議そうに舞を見ていたがやがて口を開いた。
「それじゃ、今夜付き合ってくれたら教えてやるよ」
「今教えてくれるんじゃないの?」
練火の答えに舞は口を尖らせた。
「心配しなくても今夜になったら教えてやるよ」
「なによそれー」
口を尖らせた舞を見て練火が笑い、舞はまた口を尖らせるのだった。
その後二人は今夜会う場所を決め別れた。
午後九時半。舞は練火との待ち合わせ場所の公園にきていた。待ち合わせの時間は午後
九時なのだが三十分経っても練火は現れなかった。いい加減諦めて帰ろうとしたとき前か
ら練火が手を振ってくるのが見え舞は安堵と共に怒りを覚えた。
「……遅い」
「ををぅ」
舞にジト目で睨まれた練火はたじろいだ。女の子を寒空の中、三十分も待たせたのだか
ら当然である。
「本当にごめん」
練火は舞に謝ったが舞は機嫌を直さなかった。
「お詫びにコレやるから機嫌直してくれよ」
そういうとコートのポケットからホットミルクティーの缶を取り出し舞に渡した。
「コレ、どうしたの?」
缶を受け取りながら舞は不思議そうに練火に尋ねた。
「いやぁ、遅れてきて手ぶらじゃ流石にまずいと思ってな。ちょっと時間くっちまったけ
ど買ってきたんだ」
「あ、ありがとう」
「気にすんなよ。遅れたこっちが悪いんだから」
練火は苦笑いで答えるとコートのポケットからもう一本ホットミルクティーの缶を取り
出し、口を開けて一口飲んだ。
「それじゃ、歩きながら話そうか」
「うん」
二人は夜の公園を歩き始めた。
「俺が死徒になったのは三年くらい前だったかな。突然後ろから襲われて気が付いたらい
つの間にか死徒になってた」
練火はそう言うと自分が死徒になった時のことを話し始めた。
三年前練火は一人で夜道を歩いていた。その日はたまたま人通りが少なく練火は誰とも
すれ違わず歩いていた。すると後ろから何かに襲われ気を失ったのだ。そして……。
「気が付いたら死徒になってたわけ」
歩きながら死徒になった経緯を話した練火は軽口で話をしめた。
「その後はどうしたの?」
舞は表情を暗くしながら続きを聞いた。
「最初の方は普通の死徒と同じ、衝動の向くまま人を襲ったよ……。二十人くらい人を殺
したときだったかな……自分のやってることの愚かしさに気付いたのは……それからは衝
動を抑えるのに必死だったな……今でこそちゃんと抑えることはできるようになったけど、
昔は衝動を抑えるために閉じこもったり、いろいろしたよ」
そういうと練火は肩をすくめるとそのまま続きを話始めた。
「それから半年くらいしたときだったかな衝動を抑えることができるようになったのは。
その後また、いろいろあったけど、今に至ってる」
そして練火は話を締めくくった。すると横で舞が目を伏せていた。二人はそのまましば
らく無言で歩いていると舞が目を伏せたまま話しかけてきた。
「ねぇ……お願いがあるんだけど聞いてくれる」
「……どんな」
練火は少し間を開けてから答えた。
「私が……死徒になったときのこと……聞いて欲しいんだけど……」
「……断る」
練火は声こそ小さかったものも舞に聞こえるように答えた。すると舞は勢いよく振り向
き、顔を練火に向けた。その目には大粒の涙がたまっていた。
「どうして!?」
舞は叫んだ……目に涙をためながら大声にはならなかったが力強く。
「………」
練火は何も言わず、ただ受け止めた……舞の視線と叫びを。
「ねぇ、どうして!?……どうして聞いてくれないの!?」
「………」
「どうして……聞いて欲しいのに……なんであなたは聞いてくれないの……」
舞は言いながらいつの間にか泣いていた……泣きながら言い続けた。練火は何も言わず、
ただ受け止め続けた……舞の言葉を、視線を、涙を、想いを、そして涙の意味も……ただ
受け止め続けた。
「……聞きたくないからだよ」
練火はゆっくり口を開いた……舞をまっすぐ見ながら。
「女がどんな風に死んだかなんて普通は聞かれたくないだろ……男だって聞きたくない」
「……それでも…聞いて欲しい……」
練火の真摯な答えを舞は泣きながら受け止め、それでもなお、聞いて欲しいと願った。
「………」
今度は首を振って練火は答えた。
「どうして……」
舞は叫びはしなかったものも先ほどと同じ想いを乗せ、練火にもう一度尋ねた。
「言っただろ……聞きたくないって」
練火も先ほどと同じ言葉を返した。
「それでもやっぱり聞いてほ……!」
叫ぼうとした舞を練火は一気に抱き寄せ、そのまま唇を奪った。
二人はそのまま二分ほど経ってからゆっくりと離れた。
「……セクハラ…」
「ををぅ…」
舞は顔を赤くしながら同じく顔を赤くしている練火に向けて呟いた。その顔にはもう涙
は流れていなかった。練火はわざとらしく手を上げて見せた。
「その割には拒絶しなかったくせに…」
「そ……それは…その…」
言われた舞は顔を更に赤くしながらもじもじと答えた。
「そ…それは、突然されたから!」
「やめるまでかなり間があったけど?」
「うっ…」
反撃をするがあえなく撃沈されまた更に赤くなった。
「それにかなり大人しかったけど?」
「うっ…」
完全に主導権を練火に握られた上に痛いところをさされ、舞は何もできなくなってしま
った。
「それに……やめたとき、かなり名残惜しいっていう顔をしてたけど?」
「――――」
とうとう耳まで真っ赤にして舞は黙ってしまった。練火はその様子をニヤニヤと笑いなが
ら見ていた。
「ねぇ……」
「ん?」
舞は顔を伏せてとても小さい声で練火を呼んだ。
「もう一回……してくれる……」
「何を?」
練火の悪戯をしているような笑顔で聞かれた舞は更に顔を伏せた。
「女の子に……言わせる気……」
「だから何を?」
顔を伏せもじもじして答える舞に練火は笑顔のままで返した。
「もう一回……キス……してくれる……」
さっきより更に声を小さくして言った。
「聞こえないな〜♪」
練火はからかうように言い、舞の反応を待った。
「もう一回……キス…して……」
「よろこんで」
そう言うと練火は舞にそっと近づき、舞の腰辺りに腕をまわし、舞の唇に自分の唇を
重ねた。
その後練火は間をたっぷりと空けてから舞から唇を離した。舞はキスを終えると練火の
胸に寄りかかった。
「ねぇ…告白とかしてくれないの?」
舞は顔を練火の胸に埋めながら尋ねてきた。
「必要か?」
練火は舞の頭を撫でながら不思議そうに答えた。
「…意地悪……」
「痛っ」
舞は今までの仕返しとばかりに顔を埋めながら練火をつねった。
「必要ないだろ、もう。十分もう恋人っぽいぞ」
「でも、雰囲気として欲しいし……」
「雰囲気も十分出てるって」
苦笑いで答えた練火だったが舞はそれでも納得がいかないのか、でも、と反論しようと
したとき練火が舞の唇を塞いだ。舞も最初は驚いていたがすぐに眼を閉じて身を任せた。
「そろそろ帰るか」
キスをし終えると練火がそう言い、舞も名残惜しそうだったが渋々それを承諾した。二
人は帰り道もずっと話していた。今この時を惜しむように。
二人がそれぞれ分かれる場所に来ると舞は躊躇いながら練火に問いかけた。
「ねぇ……どうして聞きたくないって言ったの?」
「言っただろ。女がどんな風に死んだかなんて聞きたくないって」
練火は苦笑いしながら答えると舞は首を振った。
「違う……なんでそういう風に思ったか……その理由を聞きたいの」
練火はそう言われると困った顔になり頬をかいた。
「んー……今言わなきゃだめか?」
練火の問いに舞は頷いて返した。返された練火は肩をすくめた。
「んー……知るのが怖かったかな。今はコレしか言えない」
「怖かった……ってどういうこと?」
「言っただろ。今はコレしか言えないって。俺の気持ちの整理がついたら言うよ」
練火は辛そうに言うと舞から目を逸らした。舞もそれ以上は何も言わず、ただ一言、わ
かった、とだけ言った。
「それじゃ、お休み、舞」
「ん、お休み、練火」
二人は笑顔で別れを告げるとそれぞれ帰宅の道についた。その途中練火はふと一つ疑問
が浮かんだ。
(そういえば、いつから呼び捨てにされたんだろう?)
などと嬉しい疑問を思いつつ自宅へと歩いていった。
その頃舞も練火と同じようなことを考えていた。
(そういえばいつの間にか呼び捨てで呼んじゃってたな)
などと口元を綻ばせながら歩いていた。そのまま唇に触れるとキスしたときのことを思
い出したのか顔を赤くしながら微笑んでいた。
(キス、しちゃったな…)
などとその時のことを思い出しながら足取りも軽く家へと歩いていった。
過去……それは傷。……それは今を苛むもの。だがそれはいつか乗り越えなければなら
ないもの。二人もまたそれを乗り越えなければならない。
/日常
12月31日、大晦日。時間は午後11時、練火は舞と共に初詣に行こうと舞との待ち
合わせ場所に来ていた。大抵待ち合わせ場所には舞の方が先に来ているのだが、今日は珍
しく練火の方が先に来ていたのだ。
「俺の方が先に着いちゃったかな。まあ、もうすぐ待ち合わせの時間だしそろそろ舞も来
るだろう」
練火が時計を確認しながら思っていると前から舞が走ってくるのが見えた。
「あれ?なんで練火の方が先にいるの?」
舞は走って練火の傍までくると開口一番に不思議そうに練火に言った。
「おいおい、それは酷いな。はい、ミルクティー」
「ん、ありがと」
練火は、それは心外だという表情をしながらコートのポケットからホットミルクティー
の缶を取り出すと舞に渡した。舞はそれを笑顔で受け取ると並んで歩き出した。
「そういえば練火っていつも待ち合わせ場所に来るとコレくれるよね?」
舞は何で、という顔をしてミルクティーの缶を上げた。
「ん?ああ、コレか。初めて待ち合わせした時買ってきたろ。それ以来なんか買っていく
っていうのが普通になったって感じかな。それに……」
「ふーん。それに?」
「寒さとかあまり感じない体だけど、自分の女に寒い思いをさせたくない、っていう感じ
かな。ま、気分的にだけど」
「うん!ありがと!」
舞は満面の笑みで言うと練火の腕に思いっきり抱きついた。
「うわっ!?ちょ、危ないって!?」
抱きつかれた練火の方は危うく舞の上にホットミルクティーを落としかけ、さらにバラ
ンスが崩れ危うく倒れそうになるのを踏ん張った。
その後練火と舞の二人は神社に着くまで舞はずっと練火の腕に抱きつきながら歩き、練
火はその状態にドギマギしながら歩いてきたのだ。二人が丁度神社の鳥居から本堂との中
間に来たとき除夜の鐘が鳴った。
「明けましておめでとうございます」
舞は除夜の鐘が鳴ると練火の前に出て新年のあいさつをした。
「こちらこそ明けましておめでとうございます」
練火も舞に習いあいさつをした。あいさつをし終えた二人は手を繋ぎながら本堂まで来
るとそれぞれさい銭を入れた。
(どうか練火とずっと一緒にいられますように……)
(どうか他の死徒や退魔師が来ませんように……。そしてどうか……今の日常がいつまで
も続きますように……)
二人は祈り終えると神社を後にしていつもの場所で別れ、帰宅の道についたのだった。
1月9日、冬休みがあけ、練火たちは新年初めての学校へと登校した。練火が教室に入
るとすでに舞が来ており練火に手を振ってきていた。練火はそれに手を上げて答えてから
舞の隣の席である自分の席へと向かった。
「おう、舞、おはよう」
「おはよう、練火」
二人はあいさつを済ますと話始めた。
「ねぇ、今度どっか出かけない?」
「出かけるって言ったってどこか行くとこあったか?」
「遊園地とかは?」
「雪が降った後だから殆ど動いてない」
「あ……そっか……」
残念そうに俯く舞。練火は俯いてる舞を見ながらどうしようか考えていたとき後ろから
に声がかかった。
「なぁ、お前らいつからそんなに仲良くなったんだ?」
声をかけてきたのは陽司だった。練火は陽司に手であいさつすると陽司も手であいさつを
返してきた。
「いつって……、冬休み入る前からだけど?」
「冬休み入る前って言ったら小波が入ってきた頃だろ。いつの間に……」
「実は……舞が入ってきたその日に告白されたんだ」
「なにー!」
陽司そういうと固まってしまった。
「ちょっと……変なこと言わないでよ……。告白してないじゃない」
舞は練火の言ったことに赤くなりながら反論した。
「ってことは、本当は付き合ってないんだな!」
舞の言葉で復活した陽司は舞に尋ねた。
「……付き合ってるのは……本当……。でも……告白はしてない」
舞は顔を赤くしてもじもじしながら答えた。最後の方は練火を睨んでいたが。陽司は舞
の言葉に更に混乱したらしく練火に説明してくれとせがんできた。練火は舞に話してもい
いか目線で聞いた。舞は肩を竦め、練火はそれを了承したと確認し話すことにした。
「まぁ、簡単にいえばいつの間にかそういう雰囲気になって付き合い始めたってわけ。わ
かったか?」
「よくわからんが、わかった」
陽司は腕を組みながら自信満々に言い放った。
「クラスの皆には言うなよ」
練火は腕を組んでいる陽司に対して真剣な顔で言った。
「わかってる」
言われた陽司はこちらも真剣な顔で返した。すると陽司は踵を返し、がんばれよー、と
言いながら練火たちから離れていった。練火はそれを苦笑いで受け取ると、舞の方に向
き直った。
「それじゃ、今度の日曜にでも舞の気が済むまで付き合ってやるか」
練火がそう言うと舞は目を輝かせた。
「いいの!?」
「ああ、いいよ」
練火が舞の問いに答えてやると目をいっぱいに輝かせ……
「約束だよ!」
と言った。
「ああ、約束だ」
練火は舞の様子に苦笑いしながら答えた。
「そうだ舞」
「なに?」
あの後簡単なホームルームを済ませ始業式を行い生徒たちは帰されることになったので
二人は一緒に帰っていたとき練火が舞に声をかけた。
「日曜日付き合う前に今夜ちょっと付き合ってくれ」
「いいけど……。また夜歩き?」
言われた舞は小首を傾げ尋ねてきた。
「そうだけど、嫌か?」
「嫌じゃないけど、好きなんだね夜歩き」
言われた練火は苦笑いして答えた。
「好きって言うより日課だな」
「日課?」
舞は練火に聞き返した。
「ああ、死徒になる前からのな」
「なる前からって……まさか…」
舞は怪訝そうな顔になった。舞の顔を見た練火は頷いて見せた。
「舞の考えてる通り、コレが原因で死徒になった」
舞は苦笑いを通り越し呆れ果てた顔になった。練火は舞の呆れ果てた顔を見て笑ってい
た。しばらくの間笑っていた練火だったが次の瞬間舞に……
「バカ」
と言われてしまった。だが、
「またっくだ」
と開き直ったのか舞の言うことに同意してしまったのだ。
「あれ、もうこんな場所か」
そうこうしている内に二人が分かれる場所に着いてしまったのだ。
「んじゃ、今夜」
「うん」
舞は名残惜しそうだったが練火は舞にそう言うと舞に右手の甲にキスをした。キスされ
た舞は顔をほのかに染めながら大人しく従った。
午後九時、舞と練火は待ち合わせし二人で夜歩きに出た。二人は手を繋ぎながら公園や
街を歩き回った。舞と練火は話しながら歩いていたが、ふと練火が黙った。
「どうしたの?」
「いや……」
舞は練火に尋ねたが練火は何も答えなかった。
「………」
これでは舞も黙るしかなく二人の間に沈黙が降りた。だが、その沈黙を破ったのは練火だ
った。
「たぶん……死徒になる前となった後で夜歩きの意味が変わったんだと思う」
「どういうこと?」
舞は練火に聞き返した。
「死徒になる前の俺はただ意味もなく歩き回ってたと思う。でも……死徒になった後は獲物
を探しに歩き回ってた。手ごろな獲物を見つけては殺して……痛めつけて……楽しんできた」
「………」
「……なぁ、……舞……俺って許されるのかな……」
「それは……」
舞は夜歩きの真の理由を聞いた。そして聞かれた……許されるのか、と。舞は何も言え
なかった……中途半端な気休めは逆に練火を傷つけてしまうから。それに舞いには練火が
泣いているように見えた。本当に泣いているのではなく、心が泣いていると。
「……わからない……でも……償えばいいと思うよ。……例え許されなくても……例え自己
満足でも……償っていけばいいよ……きっと……」
そう言うと舞は練火を優しく抱きしめた。抱きしめられた練火は舞を強く抱きしめ返した。
強く、強く、その温もりを忘れぬように。
「ありがとう、舞。ありがとう」
二人はしばらくの間抱きしめあった……練火の心が軽くなるまで……舞の気が済むまで。
日常…それは毎日の繰り返し。だが、その中にこそ幸せはある……。だからこそ人は日
常を大切にしようとする。守ろうとする。だが、二人にはこの日常を守るための試練が待ち
構えている……その時は、もう間もなくやってくる。
/遭遇
二月の初めの日曜日、練火は舞との約束通り今日一日舞に付き合うことになったので舞
との待ち合わせ場所に向かっていた。今日もいつも通りホットミルクティーの缶を買ってい
くとすでに舞が待ち合わせ場所に来ていた。練火は舞に気付かれないように後ろに回り込
んで近づいた。
「わっ!」
「きゃっ!」
後ろから驚かせられて舞は悲鳴を上げ、練火は悪戯が成功して笑っていた。
「練火、驚かせないでよ」
「悪い、悪い」
舞は驚かせられた張本人を見て、というより睨んで言った。睨まれたほうは苦笑いをしな
がらホットミルクティーの缶を舞に渡した。
「そう怒るなよ。ちょっとしたお茶目じゃないか」
「ふん」
(ちょっと、怒らせすぎたかな?)
舞にそっぽを向かれてしまった練火は頭を掻きながらそう思った。
「やれやれ……舞」
「何よ」
練火に呼ばれ舞が練火の方を向いたとき練火に唇を奪われた。最初の方は驚いていた
舞だったがじきに大人しくなりそのまま練火に身を任せた。それからしばらくした後、練火
はキスをやめ、舞から離れた。
「……卑怯者……」
「嬉しいくせに」
練火がそう言うと舞はまた、そっぽを向いてしまった。だが、その横顔は怒っていると
いうより喜んでいるように見えた。
「そろそろ行くか?」
「うん」
二人はそう言うと歩き始めた。歩き始めた頃、舞が練火にとってとんでもないことを言
った。
「今日は全部、練火のおごりね」
「お、おい!?ちょっと待てよ!?」
舞に宣言された練火は慌てふためいた。だが舞は更に追撃を加えた。
「今日、驚かせた罰」
「ひでぇ……」
「さっ、行こ!」
舞はそう言うと練火の腕を取って走り出した。練火は今日一日で大量にお財布の中身を
使うことを覚悟した。
二人が走り出した頃、街に影が舞い降りた。
二日後。街ではとある事件が起こっていた。連続猟奇殺人事件……たった二日で四人も
無残な姿で殺され発見されたのだ。動機不明、被害者の共通点はなし……警察の捜査は
暗礁に乗り上げ、マスコミは連続猟奇殺人とはやし立てた。もちろん学校もこの噂で持ちき
りだった。そんな中舞と練火はまったく違う反応を示していた。
「ねぇ……練火……これって……」
舞は不安げに練火を見た。
「間違いないだろうな……心配するな舞、俺たちのことに気付いたわけじゃない」
練火は不安な顔をしている舞の頭を撫でながら言った。
「うん……」
舞は練火の言葉に頷いたが、それでも表情は晴れなかった。練火も舞に言ったものも見
つからない自信は無かった。
影は動き出した……獲物を求めて……。
その日の放課後二人はいつものように一緒に帰宅していた。その途中で練火が舞に尋ね
てきた。
「しばらく家まで送ってこうか?」
「別に良いよ……自分の身ぐらい自分で守れるから」
だが、舞は練火の申し出を断った。
「そうか……なら…良いけど……」
練火は心配なのか不安な顔で答えた。
「それじゃ、また後で」
「うん、また後で」
二人はそう言うと互いの家に向かって歩いていった。
影はさまよう……人気の無い路地を通り、獲物を求めてさまよう。
「それにしても夜歩きなんかしてて大丈夫なの?」
午後九時、二人はいつものように待ち合わせをして夜歩きをしていた。そんな時、舞が
練火に疑問を言ってみた。
「大丈夫じゃないかもしれないな。もしかしたら見つかるかもしれないけど……そんとき
はそんときだな」
練火は苦笑いで答えると肩をすくめた。
「確かにそうだけど……」
「心配するな舞。何もすぐ見つかるって訳じゃないんだから」
心配する舞の手を握りながら練火は舞に笑いかけた。
「せめて夜ぐらいは送ってくよ」
「別にいいよ」
舞は練火に断ったが練火は引き下がらなかった。
「送る」
「いいよ」
「送る」
「いいよ」
「送る」
断る舞だったが練火は断固として譲らなかった。そして
「わかった……」
舞が折れ、舞は練火に送ってもらうことになった。
そしてそのまま舞は練火に送られ帰宅することになったのだった。
影は求める……自分の獲物を……。右を向き、左を向き……獲物を探し続ける。
二月の中旬のとある夜。二人はいつものように夜歩きをしていた。未だ街では猟奇殺人
が続いていた。すでに被害者は十五人を数え、捜査は手詰まりを起こし、夜の街は犯人を
恐れゴーストタウンと化していた。二人は今のところ犯人と会わずに過ごしていた。
「ねぇ……しばらく夜歩き、控えたほうがいいね」
「そうだな。ここまで人が減ってくると逆に見つかりやすくなるしな」
練火は舞の提案に賛成した。夜に街には人っ子一人居らずで歩いているのは練火と舞位
だからである。
「それにしても……この犯人……いや、死徒はただ、人殺しを愉しんでるだけだな……くそっ!」
練火は珍しく苦々しくはき捨てた。そう、この連続猟奇殺人の犯人は人間ではなく死徒
だったのだ。だからこそ練火たちは不安だったのだ。見つかればどうなるのかわからない
からである。
「とりあえず、今日はもう帰ろう……ちょっと怖くなってきたし……」
そういうと舞は練火の手を強く握った。
「そうだな。今日はもう帰ろう」
練火はそういうと舞の手を強く握り返し舞の言えに向かって歩き出した。
影は探し続ける。自分の獲物を探し続けて人通りの少ない道を歩き続ける。そして目の
前の分かれ道を右へと進んだ。
練火と舞は帰り道を歩いていた。歩調は少し早めだったが二人は話しながら歩いていた。
「このまま……見つからずに死徒が街から居なくなってくれたら良いんだけど……」
「だといいけどな……」
練火は舞の言葉に歯切れ悪く答えた。
「どうしたの?」
珍しく歯切れの悪い答えを返してきた練火を舞は首をかしげた。
「いや……この街に俺たちが居るってわかってて……。いや、何でもない」
結局練火は歯切れの悪い答えしか出さなかった。
二人はいつもの分かれ道を舞の家の方に歩いていった。途中から暗い空気を変えるため
に話題を変え、話し続けていた。
そんな時前から影が一つ練火たちの前に現れた。その影を見た二人は表情を警戒に変えた。
「お前たち……死徒だな?」
「ああ、そうだよ。てめえか?人を殺しまくってたのは」
練火は右手で舞を庇いながら答えた。
「ああ」
影は余裕のある笑みを見せながら練火の問いに答えた。
「てめえ、何モンだ」
いつでも行動できるように全身に力をこめながら練火は尋ねた。
「私の名はフォルス。見ての通り死徒だよ」
影、フォルスは二人に余裕を見せながら名乗った。
「貴様たち、なかなか力を持っているようだな」
フォルスは表情を変えずに二人に問いかけた。
「だったら何だ」
練火はそれにはき捨てるように答え、いつでも攻撃できるような体勢を取った。
「いや、今夜はこれで失礼させてもらうよ。流石に2対1では私もつらいからね」
そういうとフォルスは踵を返し闇の中に消えていった。
練火は相手の気配が完全に消えると体勢を解き、苦虫を噛み潰した顔を作った。
「みつかちゃったね……」
「ああ……」
練火は苦虫を噛み潰した顔のまま答えた。
そして、しばらくの間二人はそのまま立ち尽くしていた。
遭遇。二人は今、これからを決める運命と遭遇した。
/戦い
夜が明け二人はいつも通りに登校した。だが、二人の顔には笑みはなかった。二人に顔
は沈んでおりいつもの元気がなかった。いつも通りに授業を受けてはいるが二人の頭には
一つも残らず、そのまま昼休みに入り昼食を摂っていると陽司が話しかけてきた。
「二人とも暗いけどどうしたんだ?」
「別になんでもないよ」
陽司の質問に舞が答えたが陽司は納得できないのかその場で二人を見比べた後もう一
度口を開いた。
「嘘だな」
その声はいつもの知っている友人のものではなかった。また、表情もいつにもなく真剣
な顔をしておりごまかせる雰囲気ではなかった。
「……お前には関係ない」
「だろうな」
練火の答えに間髪を入れず陽司は言った。
「確かに俺には関係がないだろうけどな……ダチがそんな顔をしているんだ、ほっとく訳
にはいかないだろう」
「…………」
「…………」
「この際何なのか聞かん。どうせ聞いたところで言わんだろうからな。だがな、こういう時
ぐらい俺を頼れよ。俺にできる範囲なら手伝ってやるよ」
「…………」
そういうと陽司は教室から出て行った。
「……悪いな……お前を巻き込む訳にはいかないんだ」
練火は陽司が出て行ったドアを見ながら呟いた。その顔には先ほどより余裕が戻って
いた。
「練火……」
「わかってる。今度会ったらケリを着けよう。街の人間すべてを守ることはできないけど
、俺たちの周りに居る人間だけでも守ろう」
「うん」
舞は練火に頷き返した。
それから三日が過ぎたがフォルスは現れず猟奇殺人だけが続いていた。だが二人は迂
闊に探しに出るわけにはいかなかった。理由は二つ。一つは相手の能力が未知数である
ため不意打ちを食らう可能性が高いこと。二つ目は探すとなると必ず夜になるため互いに
一人のときに狙われる可能性があることから探しに出ることができなかった。だが猟奇殺
人だけは続いておりそのことが練火たちに焦りを生み出していた。
「何故俺たちを襲ってこない。俺たちなんて相手にならないっていうのか」
実際にそうなのかも知れないしそうじゃないかも知れない。そのことが練火に焦りを生み
出していた。
「落ち着いて練火。あっちはこっちがしびれを切らすのを待ってるのよ」
「ああ、すまない」
舞に諭され練火は落ち着きを取り戻したが現状をどう打破すべきかはわからない。
「明日まで様子を見てみよう。それでも何もなければ危険だけどこちらから探そう」
「そうね、危険は大きいけどそうするしかないわね」
舞は練火の意見に賛成した。
「今日はそろそろ帰るか」
「そうね」
今まで放課後を使って今の現状の整理と今後の対策を練るため教室で話し合っていたの
だ。そのため時間はすでに17時を回っていた。まだ2月なのですでに外は真っ暗だった。
帰り道を歩いてる最中でも話し合いは続けられていたがいつもの分かれ道で練火が最後
にこう言った。
「もし、一人のときにあいつにあったら無理はするなよ。かなわないと思ったらすぐに逃げ
ろよ」
「うん、わかった。気をつけてね」
「ああ、お前もな」
そうして二人は互いの家に向かうために分かれた。
練火と分かれた後舞は周りに気を配りながら歩いていると前から影が一つ現れた。
「やあ、待っていたよ」
それは舞の行く手を阻むように立ち、話しかけてきた。
「…!」
舞は相手を視とめた瞬間、戦闘態勢を取り相手を睨みつけた。
「君たち二人を同時に相手にするのは骨が折れそうなのでね悪いが君から始末をさせても
らうよ」
そう言うとフォルスは地面を蹴り舞との距離を一気に詰め舞を掴むように右腕を出して
きた。
「はっ」
それをすれ違うようにかわし舞は左足でローキックをフォルスの背中に与えた。だがそ
れほどダメージがなく、フォルスは体勢を立て直した。そしてまた同じように地面を蹴る
と舞を掴むために右腕を出してきた。舞はそれを右に抜けて避けようとした。だが、しかし。
「がはっ…」
それはフォルスの罠だった。舞が右を抜けようとした瞬間、右の拳で舞の鳩尾を殴ったの
だ。
「ふはははは」
さらに倒れかけた舞にローキックを放ち追い討ちをかけた。
「……ぐ……」
蹴り飛ばされた舞はそのまま近くの塀に叩きつけられ苦しげなうめきを上げた。フォルス
はその様子に口元を愉快げに歪めつつゆっくりと近づき舞の前で止まると舞を蹴り始めた
のだ。
「くっ…」
舞は苦痛に顔をしかめつつフォルスの足を振り払った。足を振り払われたフォルスは舞
から一度距離を取った。しかしいつの間に立ち上がり間合いを詰めたのか目の前に舞の姿
があり、フォルスに向けてこん身の一撃を放った。
そのころ舞と分かれた練火は言い知れぬ不安感を感じながら歩いていた。そんな時大き
な破壊音が聞こえてきた。
「なんだ?」
練火は周囲を確認したが自分の周りには壊れたものは何もなかった。だが、音が聞こえ
たのは確かだった。
「まさか!?」
そう思った瞬間練火は急いで来た道を走り出した。
舞のこん身の一撃は
地面
を抉っただけだった。なぜなら一撃が当たる瞬間フォルスは身
を捻ってぎりぎりかわしたのだった。
「…………」
フォルスは舞いが抉った地面を見ていた。もし、自分が当たっていたら、そう思うと恐怖
すら感じる。なぜなら当たりはしなかったものも地面を抉った余波で少しながらフォルスも
ダメージを受けたからだ。フォルスは一度自分を見下ろした後舞を睨みつけた。
「今のは中々危なかったぞ……!」
そう言うや否や一気に舞との間合いを詰め、舞の首を掴むとそのまま力任せに持ち上
げた。
「流石にあんな物はくらいたくはないからな。悪いがこれで終わりにさせてもらう」
フォルスは空いている腕を上げ舞に突き刺した。
「舞!?」
練火がここに現れたときは丁度舞が刺されるところだった。
「ほう、丁度良い次は貴様の番だ」
フォルスは舞から腕を抜き練火の方へ舞を放り捨てた。放り捨てられた舞は地面と激突
する前に練火に受け止められ地面に降ろされた。
「……大丈夫か舞……」
練火はぐったりしている舞に呼びかけた。舞の姿はボロボロだった。殴りつけられ、蹴り
つけられ、そして腹は刺され穴が開いていた。だが、幸い体は死徒だったのでまだ息はあ
った。しかし早く手当てをしないと危険なのはすぐにわかった。その姿を見た練火は自分の
中で何かが砕ける音を聞いた。
「……大……丈夫…ちょっと……痛いけど…くぅ…」
舞は苦痛に耐え、切れ切れながらも練火に答えた。
「…そうか……少し休んでろ…すぐに手当てしてやるから」
「…う…ん……」
舞は頷くと目を閉じた。胸が上下しているからまだ死んではいないようだ。それを確認す
るとゆっくりと立ち上がりフォルスに殺気を向けた。
「心配するな。貴様もすぐに同じようにしてやるよ」
「…………」
練火は答えない。ただフォルスを睨みつけ殺気を向けている。
「どうした?私が怖いのか?」
フォルスは睨み続ける練火に余裕を見せ付けるように問いかけた。
「……てめえ……」
「ん?」
練火はゆっくりと口を開いた。
「覚悟は出来てるだろうな……」
練火の声はとても静かだった。だがその中には異常なまでの怒りと殺意が込めれていた。
「何の覚悟だ?」
フォルスはそれに気付いていないのか、それとも格下だと思っているのか、余裕たっぷ
りに聞き返した。だが、フォルスは気付いていなかった……二人のいる空間だけ温度が異
常なほど上がり始めていた。
「舞を……俺の大事なものを傷つけたんだ……ぶっ殺してやる……!!」
「ぶっ殺してやる?……貴様ごときに……!」
フォルスが言い返そうとしたとき練火が右手をフォルスに向けたその瞬間、練火の背中に
赤く、激しく燃え盛る炎の羽が一枚現れた。
「な…何だそれは!?」
フォルスはうろたえていた。相手から言い知れぬ恐怖を感じたからだ。
「てめえに答えてやる義理はねえ。とっとと死にやがれ」
そういうと練火は炎の羽をフォルスに向けた。
「fire」
練火が呟くと炎の羽は腕を伸ばすようにフォルスに伸びていった。フォルスは最後に叫
びながら向かってきたが炎に飲まれ、そして次の瞬間にはこの世に何一つ残さず消えた。
それを確認した練火は羽を消すと舞を抱き上げ、少し遠いが治療をするために自分の家
に向かって歩き始めた。
/エピローグ
2月の終わりの寒い夜。空には厚い雲が覆い、雪がしんしんと降っていた。そんな中を
一人の少年が薄手のコートを着て黒い傘を差し街を歩いている。
ふと少年が止まる。止まった先には一人の少女が立っていた。少女は雪が降る中コート
を着ずに、ただ空を見上げて立っていた。少年は少女にゆっくりと近づいていく。
「こんばんわ、吸血鬼さん」
少年は少女に近づいた後、軽い気持ちで声をかけた。声をかけられた少女は空から視線
を離し声をかけた少年を見た。
「こんばんわ。あなたも吸血鬼さんですか?」
少女は微笑みながらあいさつを返した。その声は二人の間に優しく響いた。
「ああ、そうだよ」
少年は答えると少女の反応を待った。すると少女は困ったような嬉しいようなそんな顔を
すると少年にゆっくりと歩み寄った。
「久しぶりね、練火」
「ああ、久しぶり……舞」
二人はもう一度あいさつを交わすと練火がコートのポケットから缶コーヒーを出し舞に手
渡した。舞は受け取ると練火と一緒に歩き出した。
「それで今までサボって何してたの?」
舞は歩き出すと一番初めにそう言った。そう、あの後舞の治療をした練火は舞を送り、そ
の次の日から今日まで学校をサボっていたのだ。
「……しばらく会いたくなかったから……」
練火は顔を隠すように顔を伏せ小さな声で答えた。
「……なんで?」
「怖かったから……。舞や周りにいる奴らを殺してしまいそうで……」
「え……?」
練火は立ち止まってさっきより小さな声で答えた。その答えを聞いた舞も立ち止まった。
「あれからずっと感じるんだ前よりもずっと強い衝動を……」
「でも……私を治療してるときそんなそぶり見せなかったじゃない……」
舞は練火の告白に氷水をかけられた気がした。
「あの時も舞を襲いたい衝動はあった……でも襲うわけにはいかなかった。…だから必死
に隠して押さえ込んだ」
練火は震えながら舞に懺悔にも似た告白を続けた。
「今でも気を抜けば誰かを襲ってしまいそうになる……だから……会うのが怖かった」
「私が死徒になったとき一番初めに襲ったのが親友だったの」
舞は練火の告白を聞き終えると自分の過去を語りだした。
「舞それは……」
「黙って」
舞は練火が喋るのを遮った。振り返った舞の瞳には強い光りが宿っていた。その光りに
負けたのか練火は黙ってしまった。
「始めは簡単……単なる好奇心だった……いつもと違う道で帰ろうとして襲われて気がつ
いたら死徒になってた」
舞は練火をまっすぐに見て話し始めた。だが練火は舞から視線を逸らし顔を背けた。そ
れでも舞は話すのをやめなかった。
「始めは親友…次はその家族…。そして次は他の友達、次にその家族を。そんなことを何
回も繰り返した。そして気がついたら友達と呼べる人は居なくなった……」
舞の目にはいつの間にか涙がたまっていた。だがその涙は流れることなく、また流さな
いように舞は努力していた。
「それでも今は人を襲わずここに居る。練火も我慢できたなら、できてるなら大丈夫。我慢
できるよ」
「……もし人を襲ったら?」
いつの間にか練火は舞をまっすぐ見ていた。問われた舞は特大の笑顔を見せた。
「大丈夫。その時は私が止める。止めてみせる」
「ありがとう……」
練火は舞を抱き寄せ礼を言い強く抱きしめた。
そして二人は自分たちの決めた道を歩いていった。
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